一人の顧客を徹底的に理解する「n1分析」のご紹介

西口一希さんの著書『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』の影響もあり、数年前からn1分析が広く認知され、注目されるようになりました。
(書籍ではN1分析となっていますが、あえてn1分析とします。理由は後述します。)
本日はこのn1分析について、本の内容と、実際のリサーチ業務上の感想も入れながらご紹介致します。
n1分析とは?
一人の顧客(n1)を深く理解することで、その人が商品やサービスについて感じていること、望んでいるものを把握し、そこから新たな訴求方法や製品を生み出そうというマーケティング手法です。
1人の実在する顧客の便益を重要視し、その顧客を起点にしたマーケティング、「顧客起点マーケティング」とも言えます。
例えば、「プロダクト開発をする」となった際に、企業が売りたいものを開発するのではなく、(一人の)顧客の目線から出発して何を開発すべきかを検討するという考え方です。
西口さんの本のおかげで広く注目されるようになっていますが、実は新しい概念ではありません。
従来から、市場調査/マーケティングリサーチにおいて、「定量調査」と「定性調査」があり、上記考え方は従来の定性調査の中にもすでに存在していました。
ただ、西口さんがご自身の実績をベースに、n1マーケティングの重要性を非常に強く訴えたことで、改めてその必要性を再認識されてきました。
実際、私のクライアントの何社かも、この本がきっかけで社内で顧客理解のための調査体制を立ち上げたと伺っていました。
n1分析の特徴
「ひとり」と聞くと、少なすぎて信用できないのでは?と思われるかもしれませんが、たった一人のユーザーの声が、その商品やサービスに足りないものや、伸ばすべきところの本質を言い当てていることが多いという意見も多々見られるようになってきました。
個人に集中することで本質的な課題が確認できたり、新しい角度から仮説やアイデアの芽を発見できたりするのがn1分析の特徴になります。
「なぜその商品が売れているか」、「他社商品と比べて何が足りないか」などの現状把握は定量調査が適している場合が多いが、「次にどんな手を打てば新しい市場を開拓できるか」「独自性がある商品/サービスは無いか」を知るには、n1分析が有効な手法になります。
n1とペルソナの違い
「顧客のことを深く理解する」という観点では、「ペルソナづくり」という手法もあります。
こちらも非常に効果的で、注目されている手法になるため、その違いを簡単に説明します。
簡単にいうと、n1とペルソナの違いは、n1は「実在の人物」ですが、ペルソナは「架空の人物」になります。
n1分析は、一人の実在した顧客を徹底的に分析して、深く理解するやり方ですが、ペルソナづくりは、様々なデータ分析や顧客調査を用いて、「理想の顧客像」を作成します。
ペルソナ作成も私個人的に好きな手法ですので、機会があれば別途ペルソナに関する記事を書きます。
n1分析の具体的な手法
n1分析は概念であり、具体的な調査手法ではないので、人によって、やり方が異なるかと思います。ここでは、西口さんの本で紹介されたやり方と私自身のやり方について簡単に紹介します。
1)西口さんの手法
定義や規模感を把握するために、定量調査で「5seg(5セグ)マップ」「9seg(9セグ)マップ」を作成します。
その後、ターゲットとなる顧客像を絞り込んだ上、インタビューなどで徹底的にその顧客のことを分析します。
※上記「5セグマップ」「9セグマップ」の詳細作成手法について、下記弊社別の記事で紹介シておりますので、ご興味があれば是非ご参考になさってください。
2)私のやり方
私は、基本集団を分析する「定量調査」と組み合わせて提案することが多いです。
「1000人より1人の顧客を知ればいい!」がありますが、どの一人にするのが重要で、それを見極めるのは前段の定量調査が必要になります。
定量調査で市場概況や顧客セグメントを把握した上で、定性的なn1分析手法を行います。
定量段階:定量調査段階で、9セグマップ(も一つの手法になりますが、多くの場合、顧客の価値観要素も加えた「クラスタ分析」を提案しています。
定性段階:いよいよn1分析の根幹部分ですが、デプスインタビュー、エスノグラフィー、行動観察などの手法が挙げられます。私が良く提案している手法として、「ホームビジット」があります。
その方の自宅に訪問し、その生活者が実際に置かれている生活環境も把握した上で、生活の実態を観察しながら必要な箇所で本人に直接ヒアリングもできます。
西口さんの本で気になっていること
「定量」よりも「n1」を重要視し過ぎな気がする
「1000人より1人の顧客を知ればいい!」を主張されていますが、実際ビジネス環境では定量的な観点も不可欠です。
例えば極端な例として、n1分析でアイデアを見つけ、10億の予算をかけて商品化しましたが、実際はターゲット層が狭すぎて、1億円しか回収できないとなると、良いアイデアとは言えないでしょう。
西口さんご自身で施策を立てる際には、もちろん定量的な観点を考慮していると思いますが、上記言葉のまま鵜呑みにするとあまり良くないかと思いました。
2)母集団の大きさ(N)と標本の大きさ(n)が混同している
西口さんの本では「N1分析」という言葉を使っていますが、内容を見ると、「n1分析」になるはずです。
というのは、Nは通常母集団の大きさを意味し、nは標本の大きさを意味します。
イメージとして、日本人がスイカを食べるのが好きかどうかを調べるために、1万人を対象に調査を行ったら、Nは日本人全人口、nは1万人になります。
最初は、一人の顧客にフォーカスするから、ひとりを母集団と定義しているかなと思っていましたが、本の内容を読むといろいろな箇所で標本の大きさを「N」で定義していたので、単純に上記ルールをご存知ではなかったようです。
単純に統計学の「決まり」だけであり、西口さんの伝えたい内容を理解するのに全く支障がないので、それほど気にすることでもないかもしれません。